Smeh liya Morocco - スマヒリヤ・モロッコ

モロッコ駐在生活のことを中心に、色んなことを書いてます。

やさしいオレンジ

流れる時間が、かつて大事にしていた気持ちや日々を過去にしていく。

色褪せて乾いて、忘れそうになる。自分は一体なぜここへきたのかを。

不確かな明日や一ヶ月後や一年後を見て、「不安だ」と嘆く。

そして毎日、今日だけを見つめて、すべきことをこなしていく。

様々な議論や主義が混ぜこぜになった混沌の中、平和とは何なのかもよくわからなくなりそうになりながら。

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特によく知らない国で、知らない言葉で、たくさんコミュニケーションに悩んだ。

コスタリカの人々は優しくて、それがまた私には辛かった。

ああ、どうしたって私はいつも微笑みを浮かべている彼らと、他愛のない会話ができないまま、帰国を迎えるんだろう。
エコツーリズム大国でコーヒーが美味しいコスタリカの表面を摘んで味わったような程度で、きっとこの国のことを何も知らずに一年を終えてしまう。

大学の学生としか接点がないことを言い訳に、コロンの街の人々とはほとんど話したことがない。
でも、最近少し疑問に思い始めていたんだ。どうして地域との関わりがないのだろうか?

コロナ禍でも教会で毎週末ミサをしているし、公園で時々ライブがあったり、週に二回地域の農家さんのマーケットもある。そのどこにもコロンの街の大学生が関与していないことに、今更になって疑問を抱いた。

カメルーンで知らない道を歩いたら、必ずと言っていいほど「ヒーホー、チャイナ!」とからかうように声が飛んできた。
でもコスタリカでは視線さえ感じるが、誰も何も言わない。視線の感じる先を見て、挨拶をしてみる。微笑んで返事をしてくれる人もいれば、何も言わずに目を逸らす人もいる。

オレンジ色の夕日をうちの窓がから眺めながら、自分がここにいることがとても不思議なことのように感じる。ちょっぴり寂しい気持ちにもなる。
この街の人たちは、学生同士で集まって英語で話をしているわたしたちを見て、どんなふうに思っているのだろう。

3月8日は「国際女性デー」で、たまたまその日授業で首都に行ったので、帰りに女性デーの行進を見に行った。

カメルーンで見た「行進」とは違って、デモのようなメッセージ性の強いものだった。若者を筆頭に、紫色のスカーフや服を身につけた人々(大半がやっぱり女性だった)、政治的な男女の平等性だったり、女性の権利について問うようなメッセージを段ボールに書いてプラカードとして掲げていた。

スペイン語で何かを叫びながら、ずんずんと歩行者天国になった道路を進む。その行列は後方がどこまで続いているのかわからないくらい長かった。

ただその気迫と熱狂的な雰囲気に圧倒され、同時に感動した。

優しい微笑みばかり印象的だったコスタリカの人々の(そりゃみんながみんなじゃないけれど)心の深くにあるエネルギーというか、めらめらしたものを肌で感じることができたような気がした。

夕日は、やっぱりこの日もとてもオレンジで、とても綺麗だった。

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誇らしげに咲く花々と、どこまでも晴れ渡った青空はここ最近、気持ちを前向きにするどころか、
その清々しさに翳った自分を見出してしまうような気がし始めていたんだ。

日本食が恋しかったり、家族や友達に会いたかったりって感情が最近強くなるのは、文字通りホームシックだからなのかな。

いつも歩く道で、視線を感じるより先に、通りかかった人に挨拶するようにした。
Buenos Dias「おはようございます」
Hola, Buenas「こんにちは」
みたいにちょっと微笑んで声を出すだけで、こちらの気持ちは軽くなった。

それでもやっぱり、ご近所さんなのに名前も知らないで挨拶だけする日々がなんだかとっても違和感なのだった。
だからと言って踏み込んで行く度胸のないチキンだから、どうしよもない。

そんなことを悶々と考えながら歩いていたら、農作業の休憩中だったのか麦わら帽子をかぶってタオルを肩に巻いたおじさん二人が立ち話をしていたので、顔をあげ、目があった瞬間に挨拶をした。
すると、そよ風みたいに「オレンジ、食べない?」と声がした。水色の瞳で私を見ている。やっぱり優しい微笑みを浮かべて。

「たくさん取れたんだ。もしよかったら持っていってよ。」
「僕はヒメネスで彼はエドゥアルドと言います。あなたは?平和大学の学生さん?」

会話を持ちかけられたことが初めてで、驚きながらも私はごく自然に答えた。
日本人で、スペイン語はまだまだ勉強中であること。プールで泳いだ帰りであること。

カタコトの私の言葉がどれくらい伝わったかわからないけれど、ヒメネスさんはうんうん、ときいてくれて、袋から大きなオレンジを三つ取り出して私に渡してくれた。

「Gracias.ーありがとう。」
柑橘のいい香りがする。すごく、すごく、あったかくなった。

変わり映えのない天気だと思っていたところに、暑い空気を切り裂いて雨が降った。

乾燥して埃っぽかった空気が一気に冷え込んで、曇っていた視界が綺麗になった。

燃えるような夕日が、霧雨の暗闇なかで紅に鈍く光っている。

傘をささずに、しばらく久方ぶりの雨の中を散歩していると、あのオレンジを思い出した。

少しずつ、季節が変わっていく。たぶん私も、同じような毎日の中で、少しずつ変化を遂げているんだろう。

ホームシックでも、スペイン語がまだまだでも、この国のことを何も知らなくても、
私の心さえオープンであれば、きっと楽しめるはずなんだと思った。

ヒメネスさんみたいに、そのオープンしているドアをノックして、訪れてくれたりする人が時々、現れてくれるんだから。

そのオレンジは、甘くて、すっきりした酸味が広がって、やさしい味だった。

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