Smeh liya Morocco - スマヒリヤ・モロッコ

モロッコ駐在生活のことを中心に、色んなことを書いてます。

LA VIE EN BLUE

アートの力は強い。
けれどその力はとても静かで目立たないのかもしれない。

まるで地中のマグマのように深い闇の中で静かにその熱を発し続けている。

じっくりその静かな蠢きに耳を澄ませないと、
その本来の力というものには気づくことはできない。


職業上、多くのアーティストと出逢う機会がある。
文化やアートにできるだけ常に触れていたい私にとって、そんな邂逅は願ってもみないこと。
出逢うたびに、言葉を交わすたびに、強烈なインスピレーションを受ける。

今月は立て続けに魅力的で個性あふれる2人のアーティストについて、綴ってみたいと思う。

モロッコのタンジェで活動する画家、ファッションデザイナー、テーラーのナジュアさん。
シルバーに光るアイシャドウを乗せ、ダークレッドのリップ。
つるりとしたプリント柄のオールインワンを纏い、黒いベルトをアクセントにしたファッションがよく似合っていた。

彼女は日本の着物に強く感化され、着物のスタイルを取り入れながら、モロッコの色彩を活かした独特の服を創作している。
タンジェの新市街に、小さな雑貨屋や本屋の立ち並ぶ通りがあり、その一角に彼女の店はある。

一見晴れやかなモロッコの空のような布が目に飛び込んでくるが、その服の形をよく見ると、裾が着物のように広がっていて、それでいてジャケットのように羽織ることのできるものや、シンプルなシャツのようで後ろの裾がドレスのように広がっているものなど、これまでにみたことのないデザインの服ばかりが並んでいた。

一つ一つが手作りな分、数は多くなかったけれど、それぞれに彼女のインスピレーションが宿っていて、とても素敵だと思った。

そのうちの一つが直感的に気に入って何気なく羽織ってみると、とてもしっくりきて、すっかり気に入ってしまい、その場で買ってしまった。

ナジュアさんはこの時「時に宇宙は、誰が私の作った服を着るのか決めてしまっているのよ。今日はまさにその運命に対峙したって感じね。」と、(フランス語で)言った。唐突で、空気に馴染んでいて、その詩的な言葉を聞きながら不思議な浮遊感に包まれた。

彼女の言う宇宙の巡り合わせの中で、彼女が作った服と私が「かちり」とはまったことが、とても嬉しく、ロマンチックに感じた。

お店の中には、あちこちに墨汁を白いキャンバスにぶつけたような激しく躍動する絵画が掲げられていた。
他にも混沌とした街の空気と陽だまりを思わせる抽象画や、アラビア文字が活かされた人物画などが飾られており、彼女の世界観に夢中になった。

私も独学(学んでるという感覚はないけど)で絵を描いているけれど、彼女のように自信の伝わる堂々とした絵は描けないでいる。
なんとなく人に見せるのは・・・と弱きになるし、描きたい日があれば、全然そんな気分じゃない時もあって、常に作品を生み出す力はない。

だから彼女のHOWが、とても気になった。
「どうやって?」

観光の専門学校を卒業した後、ナジュアさんは10年強もの間観光関連の仕事をしていたそうだ。アートは常に彼女の心の中にあり、絵を描くことは好きだったらしい。それを本格化し始めたのはここ数年前らしく、描いていた絵に興味を持ってくれた知人が、展示会をやらないかと声をかけてくれて、どんどん注目が集まっていったそうだ。

「どうやって?」

・・・というのは愚問だと思った。
私はこの質問をするとき、純粋な相手への好奇心以外に、自分自身もあわよくばその方法でうまくいかないか、なんて下心を抱いている。そんなふうに心の中で気づいてしまったのだ。彼女はその深みのある黒い瞳で、それを見透かしているようにさえ感じる。恥ずかしい、恥ずかしい。


私たちは宇宙の出鱈目な気まぐれによって巡り合い、こうして話をしている。彼女は導かれるがままにアーティストとしてそこにいる。

どんな経緯でアーティストを職業として選んだのか、どうやって自分のスタイルを得たのか。私は愚かしくも質問する。

C'est pas toi qui trouve ta façon. Elle va te trouver.
(スタイルは探すものじゃない。スタイルがあなたを見つけるのよ。)

ミントティーを啜りながら彼女はそう言った。一対の黒い瞳の深みに、哀しみと深い思考が映っていた。微笑むのだけれど、どことなく寂しそうな笑顔だった。

いつでもうちのアトリエに絵を描きにおいで。
と言ってくれたので、早々に行こうと思っている。

ラバトで絵画の先生をしているジョティさんは、大人から子供までの生徒たちに様々な画法を教えている。その教え方がいいのだろう、生徒たちの絵は自由で、豊かで、テーマは一貫しているのにどれも全然似ていないのだ。

例えば彼女が行った展示の一つに、「LA VIE EN BLUE」というのがある。
直訳すれば青色の人生だが、それはつまり、有名なEdith Piafの曲のタイトル「LA VIE EN ROSE(薔薇色の日々)」と対比する言葉だ。
つまり、「病気と共に生きる不幸な人生」を表す。彼女が作ったオリジナルのワードだ。

一見悲しげな言葉だが、この言葉はとあるクリニックでの絵画展示会のテーマとして取り上げられ、「持病があっても、病気を患っていても、青く静かな心で生きる。それは美しいことだ」というニュアンスが含められている。それは言葉で語られるのではなく、彼女の生徒たちが青い絵の具をふんだんに使って描いた壁一面に展示された絵画たちだった。

青は心を落ち着ける効果があるらしい。壁一面の青い絵画たちは、まるで病院を水族館のような空間に変身させた。
ジョティさんの話によると、病室に引き篭もりがちな車椅子の患者さんは、その展示に驚き、感動し、思わず絵を描きたくなってしまうほどだったという。

絵画の力。アートの力。
彼女の知識と経験ゆえに、説得力ある力強いメッセージだった。

彼女が見せてくれたクリニックの壁に飾られた無数の青い絵が忘れられなくて、今晩久しぶりに絵の具を手に取った。

視界の上に流れていく景色が見えなくなってしまうくらい、現実は忙しない。
自ら立ち止まって見ようとしなければ、すぐにその色彩は損なわれてしまう。
憶えておこうと思った夢は、夜が明けると消えてなくなってしまう。

アートは夢も空想も心の叫びも全部、ぶつけることができる。そう信じている人が、少なからずいる。
ただでさえ自分を表現することが難しい世界の中で、ただでさえ言葉で表現することが下手くそな私は、
こうして忘れないように、彼女らの放つエネルギーを描いて、そして書き留めておく。
いつか、自分のHOWを見つけられるように。