Smeh liya Morocco - スマヒリヤ・モロッコ

モロッコ駐在生活のことを中心に、色んなことを書いてます。

くじらの呼吸

マリノ・バジェーナ国立公園


朝の四時は、まだ闇の夜がずどんと沈んで静かだった。虫の声を聞きながら珈琲を飲んで、水着やカメラや日焼け止めをリュックに詰め込みながら、眠気を少しずつ取り除いていく。

同じアパートに住むギニア人の友達とバス停まで歩く道で、少しずつ道が明るくなって、朝が来た。「私たち以外はみんな寝てるわね」。空っぽな道路で、彼女のフランス語が響く。坂の上から見渡すコロンの街は、まだ眠りの中だ。

バスには30人ほどの国連平和大学の学生。毎日キャンパスで顔を合わせる皆と、こんな早朝から遠出をする特別感で眠気は吹っ飛ぶ。ふざけて笑い合って、朝ごはんを食べながらアメリカ人にスラングを教えてもらう。decadentな(イケてる)ひと時だった。

マリノ・バジェーナ国立公園はコロンの街から南へ4時間のところにある。大西洋の青い海に、鯨の尾のようなビーチが続く。ボートで高波を乗り越えながら鯨の見られるというスポットに向かう。

正直くじらが観れるかどうかは期待してなかった。とにかく海を見て、水に触れて、水平線をぼんやり眺める必要があった。時々、どうしても海を見たい時ってあるでしょ。

f:id:pyomn310:20211027052357p:plain


でもツアーの結果は期待以上だった。くじらが潮を吹きながら親子で寄り添って泳いでいるのを何度も、何頭も見た。その度に乗客は歓声を上げる。クジラを追いかけてボートがぐるぐる回る。

一度、すごく近くでくじらが姿を現した時、しっかりと彼らの呼吸を感じた。ああ、呼吸してる。私たちみたいに。はあーっと息を吐くように潮を背中から噴いて、その滑らかそうな黒い体をくねらせている。とても大きい。

乗客が歓声をあげているのに私はなぜ泣いてるのだろう。サングラスの中でじわじわ目頭が熱くなる。

命、生き物、海、青、蒼、美しい、儚い、いろんな言葉が浮かんで消える。

人類が壊してきた自然を想う。今も壊し続けながらも環境を謳う世界を想う。答えのない問題、解決策を探すほど糸に絡まって動けなくなるのが環境問題だった。政治や経済が関連していて、結局全ては強さで決まる資本主義の世界で、どうやって学んだ理論を活かせというのだろう。

くじらの親子を見送った後にはイルカに出会った。

まるで私たちを楽しませるかのようにジャンプをする。ボートをあちこちに連れ回すように群れがちらほらと顔を出す。彼らもまた親子かつがいで寄り添いながら泳いでいる。とても愛らしくて綺麗で、でもなんかだかとても遠い遠い存在だ。

f:id:pyomn310:20211027052456p:plain


一緒に来た学生の中には「くじらを追っかけ回すのに罪悪感を感じた」という人が何人もいた。けれど、問題はそこじゃない。それ以上に大きい。自然の一部であるはずの人間は、自然を喰らう寄生虫と化しているんだ。学生たちの言葉は悲しくなるほどにその現実を突きつける。私は、「そうやね。」としか答えられなかった。

ラグーン

砂浜は鏡のようにキラキラと湿っていて、どこまでもどこまでも、金色の太陽の中で波が優しく土を撫でている。貝が動き回った足跡が、砂浜にたくさんの模様を作っている。背中に刺す陽の光に押されながら、鯨の尾のようなラグーンをずっと歩いた。悲しいことはあまり考えないように、温まった海の水に触れる。とにかくここにいることを噛み締めて。

たった一年しかないこの学問の時間を、どうやったら上手く有意義に過ごせるかをずっと考えてきた。
勉強もして、旅行もして、たくさん情報を呑み込んで、1秒たりとも無駄にはしたくないとしたたかに生きている。

「脳内忙しい人間やな」
かつてカメルーンでお世話になったお姉さんに言われた言葉が脳裏に蘇る。

ああ、また私は考え過ぎている。
深呼吸して、背伸びをして、肩の力をストン、と抜くんだ。

するとそこにあるのは壮大な地球が織りなす自然。青々とした海と、ぬるい潮風と、遠浅の浜。それだけ。
寄り添うでもなく、疎外するでもなく、ただそこに存在している。

他には何もない。シンプルな世界なんだ。

呼吸をする。吸って、吐いて。
くじらの呼吸が聞こえた時、私の心はもっとシンプルだったのかもしれない。
綴ったような思考は後からやってきた。ただ、その呼吸が綺麗で、涙が出ただけなのかもしれない。


どこまで行っても、私は私でしかない。私は私の言葉でしか考えを表現できない。
それを理解して、私の全部をぎゅーっと抱きしめて、


「これで良いじゃないか」

そう言って笑い飛ばすんだ。

そうして自分を許したとき、ふわっと飛べそうなくらい軽くなる。

そんな気持ちになった時ほど、思考が柔軟になって、心の中が平和で満ちて、ピースフルな仲間たちと思いっきり笑えるのだ。

これで良いじゃない。そう思わない?
そんなふうに、自問する。美しい蒼の空間で。

f:id:pyomn310:20211027143426p:plain
鯨を追いかけまくったボート
f:id:pyomn310:20211027143523p:plain
ラグーン